★_ 「先こう」
★ ^「お母さん」
路地の角を曲がる前にもう一度私は深く頭を下げて挨拶しました。視線の先では“お母さん”が、水が打たれ、白い清めの塩が見られる玄関先で、両手を揃えて深々と私に挨拶をして頂いていました。14〜5年前に初めてお会いした時から今も変わらないお母さんの姿です。
最近は足が痛そうで滑らかに動作がしにくいにも拘わらず、また体調が悪そうでこちらが心配になる時にでも、私が「もうここで‥‥」と上がり框で見送りを辞退しても、底冷えのする風の冷たい日もうんざりする暑さ厳しい折にでも必ずわざわざ玄関先まで出て来られ、姿が見えなくなるまで見送られる。恐縮の思いで早足に通りの角へ辿り着き、お母さんのその姿に「有難うございます」といつも心から挨拶せずにはおれないのでした。
祇園のこの御茶屋さんでは、名をなした絵描きさん達が昔から出入りされていたそうで、今も変わらず絵描きさん達の写生のための世話をずっとして来られています。駆け出しの私もここで何枚も何枚も何枚もの“舞妓”の写生をし、また言葉にならない沢山のことを吸収させて貰いました。
背筋がピンとして着物姿も凛々しく粋(すい)な姿のお母さんに始めてあった頃を思い出しては、いつまでも元気であって欲しいと心から願っております。私にとっても心大切な“祇園のお母さん”ですから。
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